2019年02月21日

社労士事務所の「教えて!クラウド先生!®導入」

写真右・社会保険労務士法人スマイング代表・成澤紀美氏、左・船井総合研究所・富澤幸司

社会保険労務士法人スマイング代表(東京都渋谷区)成澤紀美氏
1999年開業。顧問先の約8割がIT関連企業という業種特化型事務所。各種クラウドサービスの活用、ペーパーレス化、業務別の複数担当者制など、社労士事務所として他に先駆けた先進的な取り組みを多く行っている。
2018年から一般企業向け、士業事務所向けのクラウド導入支援サービス『教えて!クラウド先生!®』をスタート。顧問先320件。従業員約20名

クラウド活用で先進する社労士事務所。2018年には、株式会社マネーフォワード主催のMFクラウドExpo・クラウドサービスアワード2018にて、全業種の中から「大賞」を受賞している。
本リポートでは、同事務所が実施している取り組みと、これから社労士事務所がしていかなければならないことを、同事務所が展開する新サービスとともに話を聞いた。
※聞き手・株式会社船井総合研究所 富澤幸司

IT業界を「横串し」で

―IT業界に特化されている理由を教えてください。
もともと自分がSE(システムエンジニア)で業界に詳しく、業界で使われている言葉で話ができることもあり、ご依頼が多く集まっていたことから、業種特化してきました。
そうは言っても、弊事務所のスタッフそれぞれがITリテラシーが高いかというとそれほど高くはありませんので、クラウドの活用については、所内でさまざまな試行錯誤をしてきました。

―どのようなお客様が多くなっていますか?
現在、弊事務所では顧問契約320件のうち、79.1%がIT業界に関連する企業になっています。多いのが、SIer(システムインテグレーションを行う企業)で、いわゆる常駐派遣と呼ばれる、技術者を開発元に派遣している業種です。最近では、Webコンテンツやeコマース、電子決済を行っている企業、ゲーム開発会社、AI関連企業、それからITインフラの構築を行っている企業なども増えています。
一口にIT業界と言ってもさまざまな業種があります。弊事務所のお客様は、このIT業界の様々な業種に携わっている企業が多くいらっしゃることが大きな特徴と言えるかもしれません。

―どのような組織体制でサービスを提供されていますか?
弊事務所では、一件の顧問先を一人のスタッフが担当するというやり方ではなく、それぞれが業務別に担当領域を持ち、横串しでお客様に関わっていくスタイルとしています。ですからお客様に対しては、ご支援する内容によって、複数人のスタッフが関わっていく形になっています
ですから集客はWebではなく、会計事務所や異業種などと連携して紹介していただける枠組みを構築しています。
例えば労務相談顧問、社会保険・労働保険手続きのアウトソーシング、給与計算の仕事をご依頼いただければ、少なくとも3名が担当者として付くというやり方になっています。

社会保険労務士法人スマイング代表・成澤紀美氏
取材中の成澤氏の様子

内製化との競争。カギは所内の生産性

―社労士の業務から、手続き業務や給与計算の仕事がなくなるという話がありますが、そうした話についてはどのようにお考えですか?
社労士の1号、2号、3号業務がなくなることはないと思いますが、お客様のニーズは変わってくると思います。すでに、社会保険の手続きでは従業員が市区町村へ届け出たマイナンバーにより健康保険証が発行されるなど、手続きの仕方自体が変わっています。
国は電子申請を推進していますので、その方向性に合わせて社労士事務所の取り組みも変えていかなければならないでしょう。例えば手続き業務の報酬体系なら、従来のやり方でいただくことができていた金額が、いただけなくなるということも起こると思っています。給与計算も同様に、ペイロールの事業会社など、ほかの業種、業態が参入してきている状態ですから、それらも変わってくると思っています。

―そうした変化に向けて、社労士事務所として何かしらの準備を行う必要があると思います。
私の思っていることは、2019年10月の消費税増税が一つの契機になるのではないかということです。肌感覚では、2008年のリーマン・ショックにより、企業が外注していた研修や手続きなどが、一斉に内製化する方向に向かいました。現在は、人手不足もあいまって外注化する傾向が強まっていますが、増税によって、今度はまた一転し、内製化する方向に向かうのではと思っています。
一方で、労働基準法関連の法改正があり、従業員の労働時間の管理に対する目が今まで以上に厳しくなっていきます。そのため企業では、社内の労働生産性を上げる努力を行いながら、一方でさまざまな手を尽くして自社の労働力を確保しながら、労働時間を抑えようとする難しい動きが出てくると思います。
そのとき、外に出す費用と、内製化する費用を鑑みて、どちらが良いかという判断を企業はします。それ如何によって、アウトソーシングの需要も変わってくると思います。

―そのとき、社労士事務所はどのようなアクションをすればよいのでしょうか?
内製化に負けないように、私たちは私たちで、事務所内の労働生産性を上げていかなければなりません。そのために、クラウドツールを使って、積極的に生産性を上げることを、今から考えていかなければならないと思います。

―船井総研が主宰する社労士事務所経営研究会のメンバー事務所様の労働生産性の平均値は、正社員一人あたり650万〜700万円となっています。貴事務所では、多事務所に先駆けてクラウドを活用した生産性のアップに取り組んでいますが、労働生産性はどのくらいになっていますか?
弊事務所の場合でも、手続き業務だけで考えると820万円となっています。ただし、コンサル業務を含めると、一人あたり1,500万円程度になってきます。
―それは、驚くべき数字ですね。

船井総合研究所・富澤幸
船井総合研究所・富澤幸司

クラウドは、パラレルに使え!

―貴事務所にお伺いさせていただいて驚いたのは、所内に紙がないこと。それから電話がほとんど鳴りませんね。これらは、クラウドサービスの活用によるものですか?
そうですね。クラウドサービスの活用に関しては、もともと弊事務所では、社労士事務所向けのクラウドサービスを使うのではなく、一般企業が使用するさまざまなクラウドサービスを導入し、運用してきました。多くのツールに手を出しすぎて中途半端な状態が続きつつも(苦笑)、現在は一連の流れが生まれつつあり、生産性も上がり始めてきています。

―クラウドサービスを所内で活用するとき、どのようなポイントがありますか?
現在は私たちの経験を活かしながら、他事務所様に向けてクラウド導入のご支援をしているのですが、その中で、クラウドサービスを導入する以前に、事務所内の体制として「紙をどう扱うか」という決断と、「職員の精神的な抵抗感をどのように取り除いていくか」ということにポイントがあると感じています。

―実際に、貴事務所では紙資料をどのように扱っていますか?
弊事務所のアウトソーシングの割合はそれほど多くはありませんが、それでも意識せずに社労士業務を行っていると紙資料は増えていきます。そこで弊事務所では、電子文書管理システムの『DocuWorks』を導入し、 フォルダ分けやファイル名のネーミングルールを設けて、一定期間を過ぎた資料はすべてPDF化し、DocuWorksで管理することにしています。
紙資料は、半年間は保管しておきますが、期間を過ぎるとすべてデータ化していきます。そうやって、紙をなくしていくことを徹底しています。

―職員さんに対しては、どのようなことを行っていますか?
その点は、業務を一遍に変えるのではなく、部分的にクラウドを工程に導入していきながら、徐々に全体に浸透させています。
例えば、既存のお客様の仕事をすべて変えるのではなく、新規の一件のお客様の仕事からスタートして、心理的な障壁を下げてから、少しずつ全体をクラウド化していく形で進めています。

―ほかに、ポイントはありますか?
士業事務所向けのクラウドサービスと一般企業向けのクラウドサービスでは、考え方が異なります。
システム間の連携など、クラウドサービスの利用が進んでいった先の将来を考えると、士業事務所向けの専門サービスだけでは、お客様のニーズをカバーしていくことは難しくなっていくと思います。ですから、今から一般企業向けのクラウドサービスを、上手に活用していくしかないと思っています。
弊事務所では、一つのクラウドサービスに依存するのではなく、例えば給与計算、労務管理などの業務ごとに、それぞれ2〜3つのシステムを並行して使いつつ、機能ごとにソフトを使い分けて業務を行っています。そのように並列に動かしていかないと、現在のクラウドサービスは業務上うまく機能していかないと感じています。

所内の様子
所内の様子

事務所ごとのクラウド環境を構築

―貴事務所が2018年4月から開始している、クラウド導入支援サービス『教えて!クラウド先生!®』は、どのようなきっかけで始まっているのですか?
勤怠管理や給与計算などの労務管理の分野で、クラウド連携がうまくいっていないから相談に乗ってほしいというお客様や、人数が増えてきたので従業員一人につき支払っているクラウドサービスの利用料金を合理化したいといったご相談を、お客様からいただきました。そうした相談ごとの受皿を作れば、事務所のサービスにできると考えてスタートしたのがきっかけです。

―そのサービスを今度は、同業の士業事務所向けにも展開していくそうですね。
一般企業向けに導入支援を進めてみて感じたことは、同業の士業事務所が、事務所内もお客様に対しても、クラウドを活用する上でお困りになっていることが多いということでした。
弊事務所もまだまだトライアンドエラーの最中ではありますが、一緒に改善する策を考えて、労働生産性を上げたり、業務を効率化する仕組みを作っていくことが必要なのではないかと考えました。

―どのようなサービス内容になっていますか?
事務所によってニーズが異なると思いますので、6か月をひとつの区切りとして、コンサルティング期間は月額15~25万円、運用支援期間は月額3〜5万円で導入支援をしていく形になります。
流れは、まず現状把握のために、事務所内でどのように業務が流れているのか、お客様とのやり取りや情報管理の方法、使用ソフトの状況などを確認させていただきます。その上で、何をどの順番にやっていくべきか、マイルストーンを提示します。その後は、実際に職員さんにも参加していただいて、半年間のスパンの中で、一緒に問題を解決していきます。

―ほかにも、サポートしていただけることはありますか?
ISO27001(ISMS認証)の取得サポートも行います。実は、弊事務所がISO27001を取得する際、士業事務所向けのコンサルタントが用意した手順が弊社にマッチしなかったため、自社のISMS担当者がすべての手順を直して毎年審査を受けています。
クラウドを使用している社労士事務所として、ISO27001を取得するための手順はすべて分かっていますので、そうしたノウハウも提供していきたいと思っています。

―なるほど。それは同業の皆さまの心強いサービスになりそうですね。最後に読者の皆様に一言いただけますでしょうか?
AIやクラウドによって私たちの仕事がなくなると考えずに、新しい取り組み、新しいやり方で、新しい仕事がまたできると考えていったら、楽しくクラウド活用に取り組んでいけると思います。ですから、クラウドサービス導入に及び腰にならずに、まずは試してみてほしいと思います。
実際に、事務所や顧問先企業の業種によってニーズも違いますので、どのサービスを使えば一番良いのかもそれぞれ異なります。自分の事務所に合ったもので、それにプラスしてお客様に提案して喜んでいただけるものという視点で考えていくのが一番だと思っています。

面談室の様子
面談室の様子

【この記事を書いたコンサルタント】

シニア経営コンサルタント 富澤 幸司(とみざわ こうじ)

東京都墨田区出身。幼い頃より家業の鉄道部品メーカーを経営する祖父や父の背中を見て育つ。 家業を手伝いながら、大学に通う4年間を過ごし、自動車部品メーカーに入社。 東京営業部でトップの成績を残す。その後、船井総合研究所に中途入社。 社労士事務所専門コンサルタントとして個人マーケットを対象とする障害年金一番化モデル導入サポートを中心に展開。 初年度より1,700万円の受任を獲得するサポートを行う。 HPの構築、PPC広告、SEO対策などのWEBマーケティングから、現場での成功事例を落とし込んだ提案資料、チラシ、DMなどの実践的なツール作りなどを駆使し、クライアントのバックアップを行う。 モットーは「事例主義」 「現場主義」「結果主義」

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